昔ながらのイタリアのおやつ「クロスタータ」(タルト)の正体とは?

イタリアで昔からのおやつとして知られている「クロスタータ」。日本ではいわゆるタルトと呼ばれているものの、実はイタリアではタルトとは違うケーキの種類として紹介されます。今回はタルトとの違いなども含めてクロスタータについてご紹介いたします。

クロスタータの発祥は?

クロスタータの発祥にはいくつかの説があるそうです。その中でメジャーに知られている2説をご紹介いたします。

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キリスト教が広まる前にさかのぼる説

この説は、パルテノペという人魚に敬意を示す当時の儀式に使われたと言われます。パルテノペはナポリ湾に家を持ち、毎年春に海から陸に上がり、人魚の歌で人々に彼女の美声を与えました。住民は、彼女に感謝するために、最も貴重なものを彼女に与えることにしました。住民らは、彼らを象徴的する贈り物を届けるよう試みました。そのため小麦粉(強さと富)、リコッタ(仕事と果物)、卵(生命の再生)、柔らかい小麦と一緒に茹でた牛乳(2つの王国の象徴)、オレンジの花の水(自然への感謝)、スパイス(遠方からの人々)、砂糖(ナポリの歌の甘さ)の7つの贈り物をしました。パルテノペは受け取った贈り物を神の足元に置き、感謝の印に甘いものを与えられました。与えられた甘いものがクロスタータであるという伝説でした。

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San Gregorio Armenoの古代修道院の修道女が作ったという説

人魚の伝説的よりも、現実的なお話が、サン·グレゴリオ アルメノ(San Gregorio Armeno)の古代の修道院の修道女が作ったという説の方が、信ぴょう性があるため有力視されています。現代のパスティエラの作成者は、すでに存在する人気のあるレシピから始めて、実際に今日知っている方法で材料を組み合わせました。クロスタータに使用されている材料は、キリストの復活が象徴される材料を使用していたため、神秘的な意味を与えました。また、クロスタータを聖金曜日に準備し、イースターの間に食べるという習慣もあるため、この説が有力視されたと言われています。

イタリア全土で知られている「クロスタータ」どうやって広まったの?農民のデザート「クロスタータ」の広まり

クロスタータ「農民」のデザートとして知られています。ある日、Marquis De Rubisという貴族がナポリに旅行していた時のことです。彼の乗っていた馬車の車輪が壊れて困っていました。夜になり、近くには農民の家があり、彼らに助けを求めなければなりませんでした。その時に食べたこのクロスタータに魅了され、レシピをもらい、ブルボンで紹介したと言われています。

ブルボンのフェルディナンド2世の妻であるオーストリアのマリア・テレサ女王は、「笑顔のない女王」という愛称で呼ばれていました。ある日、夫のメイドの主張に屈し、クロスタータのスライスを召し上がることになりました。女王が一口食べてからのこと、彼女た笑顔になります。王は「妻を笑顔にするにはクロスタータが必要だった。次のイースターまで彼女の笑顔を待たなければならない。」と喜んだという説がありました。

クロスタータとタルトの違いは??

先ほども、説明した様に。クロスタータは生地がまだ生の状態でフィリングをいれ、最後に焼きます。しかしタルトは、基本的には、生地でお皿の様なフィリングを入れる箇所が焼かれています。そのため、お皿が2度やきになるのでクロスタータに比べると底が硬く、みなさんの知っている様にフォークで切ると時折勢い余って飛んでしまうケーキになります。

日本でクロスタータを購入できる場所

ケーキ屋さんの路面店では見かけることがあるかもしれませんが、やはり、タルトの方が認知度が高いせいか日本ではクロスタータをネットで購入できるとこは、まだ数カ所しかございません。ストーリエ·ディタリアでは、「小さなクロスタータ」と言う意味のクロスタティーナをご用意しております。お菓子職人が直接作った商品です。大きさもホールケーキのように大きすぎず直径7cmほどで、一つずつお楽しみ頂けます。ご興味ございましたら、商品ページをご覧ください。